観ずに死ねるか!~今週のシネマ選~

天使の街を舞台に描く、アカデミー作品賞/脚本賞の傑作群像劇『クラッシュ』


人種・民族・宗教・格差。
現代アメリカの抱える様々な問題を
見応えのあるエンタテインメント・ドラマとして活写した、
ポール・ハギス監督第1作『クラッシュ』。
今週の"観ずに死ねるかシネマ"は、このとっても見応えある映画をレビューします。

*  *  *  *  *

【観ずシネVol.15】

『クラッシュ』(2005年/米/監督:ポール・ハギス)
★2/1(水) 22:00~23:54 BS-TBS

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クリント・イーストウッドのアカデミー作品賞・監督賞ダブル受賞作、
『ミリオンダラー・ベイビー』。
その脚本を担当したのが、今回取り上げる『クラッシュ』で初メガホンを取り、
見事『ミリオンダラー・ベイビー』の翌年の
アカデミー作品賞&脚本賞を受賞したポール・ハギスです。

ハリウッドでは、1作につき複数のシナリオライターが推敲に推敲を重ねるのが
当たり前なほど、映画の出来の良し悪しを左右する核として脚本が重視されますが、
この『クラッシュ』は、正に脚本命。
アカデミー作品を書いた脚本家出身の監督作品の面目躍如たる、
見事な脚本に裏打ちされた傑作です。

物語は、クリスマス間際のロサンゼルスの郊外のハイウェイで起きた、
1件の死亡事故(クラッシュ)から始まり、
そこに至る36時間前に遡って、語られていきます。

複数の人物・出来事が平行して描かれながら、
次第にその関連性が浮かび上がるモジュラー形式の群像劇。
複雑な人間模様をまとめあげていく、ポール・ハギスの手腕が見事です。
しかも、脚本だけでなく、撮影・編集も初監督とは思えない素晴らしさ。
何かいい映画がないかなあ?と漠然と探している方がいらしたら、
間違いなくオススメの1本です。

「アメリカという国は、やはり人種差別とは切っても切り離せないんだなあ。」
人種・民族・宗教・格差といった、様々なテーマを見事に物語に盛り込み、
素晴らしいドラマに仕上げたこの映画を観て、僕はそんな感慨を抱きました。

それらのテーマを、「白色人種VS有色人種」「キリスト教VSその他の宗教」
といったような単純な二項対立で片付けていないのが、この映画の奥深さです。

出生頭のエリート黒人警察官にも、人には知られたくない家族の問題がある。
現場叩き上げ・差別主義的な白人警察官にも、男やもめで介護が必要な父親がいる。
一見、柄の悪そうな黒人修理工にも、愛する妻と愛娘がいる。
華やかなTV局で活躍する黒人プロデューサーも、
恵まれた生活をご破算にしても構わないほどの怒りに駆られる事もある。
イスラムと誤解され、差別の被害妄想にかられた雑貨屋店主にも、
間違って暴走する感情がある。
平等を謳う司法の番人にも、心の奥底を掘り下げれば、差別や偏見が皆無ではない。
日頃標榜している良識など脆いものに過ぎず、ひょんなきっかけで崩れてしまう。

こうした様々な事情が、縦糸・横糸に交差し丹念に織り上げられていきます。
しかも決してお説教くさくなく、ドラマとしての面白さをたっぷりと盛り込んで。

中でも、中盤のクライマックスシーン=転倒事故車からの救出劇は
この縦糸と横糸が見事に交差(=クラッシュ)した名シーンです。

映画は、善人を善人として、悪人を悪人として描くのではなく、
すべての登場人物を、どこか罪人(つみびと)として描く事で、
逆説的に、善も悪も上も下もない平等な存在に変容させていき、
冒頭のクラッシュ事故に至る因果関係を次第に明らかにしていきます。
そして、「お涙頂戴」とは一味も二味も違う余韻を放つラストに収斂した時。

人間って、良いところも悪いところも併せ持ったちっぽけな存在だなあ。
でも、そんな「業」も含めて、愛おしい存在だなあ。

そんな感慨が浮かび上がります。

これはもしかすると、故・立川談志が落語の本質を
「人間の業の肯定」と捉えた了見と、近いものがあるような気もするのです。
「業」とはおそらく、キリスト教でいう「原罪」に置き換えられるでしょう。

画面の端々に、クリスマス目前の祝祭ムードがさりげなく散りばめられ、
キリストかマリアか天使か何かの小さな像が伏線となっているのも、
ポール・ハギス流の「業=原罪の肯定」を裏付けるメタファーになっています。

その中でも一番のメタファー。
それは、LOS ANGELS=天使の街という、
この超一級の人間ドラマの舞台そのものではないだろうか?
僕はそのように思いました。

ラストのクレーンショット。
地上で業を抱えながら生きていく人間たちを見つめる目が、
1台の撮影カメラの目線から、天使の目線へと切り替わっていく時。
映画た人は皆、すべての人々に、そして自分自身に、
「幸あれ。」と願わずにはいられないでしょう。

そして、良いところも悪いところも併せ持ったちっぽけな自分の中に
人々の幸せを願い、過ちを赦す心の灯火も失わずある事に、きっと気づくはず。

そんな幸せな発見こそ、ロサンゼルスに住む天使のしわざなのかも知れませんね。

(おしまい)

*  *  *  *  *
 
【今週の"観ずに死ねるか!シネマ"】

『28週後...』(2007年/英=スペイン)
★2/9(木) 13:25~15:25 テレビ東京 

『スラムドッグ$ミリオネア』のダニー・ボイルが撮った
ホラー映画『28日後...』の続編がこれ。
ボイル監督は今作では製作総指揮にまわりましたが、
この新感覚のホラー映画の続編は見逃す手はありません。
もし観なかったら...死んでゾンビになっちゃうかも!?
コラムニスト:助川 仁

ビクターエンタテインメント株式会社 編成管理チーム長 兼 KOKIAディレクター

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