観ずに死ねるか!~今週のシネマ選~

覚えていますか?暗闇の中に、見えないものが見えていた少女時代を。


いつの頃からかでしょうか?
サンタクロースを信じる事が出来なくなったのは。
お化けの話が怖くなくなったのは。
夜、寝る時に部屋の中が暗くなっても、
闇の中に何か目に見えない存在を感じられなくなったのは...。

先週は、そんな純粋な幼い心を素晴らしい映像で可視化した
名作中の名作が放映されました。

*  *  *  *  *

【観ずシネVol.6】

『ミツバチのささやき』(1972年/スペイン/監督:ビクトル・エリセ)
★11/23(祝) 13:00~14:40 NHK BSプレミアム

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ビクトル・エリセ。
10年に1本しか撮らない、スペインの伝説的映画監督。

●『ミツバチのささやき』(1972年)
●『エル・スール』(1982年)
●『マルメロの陽光』(1992年)
これまでに監督したわずか3本の長編映画は、
いずれ劣らぬ素晴らしい作品で、映画ファンからも永く愛され続けています。

中でも、第1作の『ミツバチのささやき』は
主演のアナ・トレント(当時7歳)の奇跡のような瞳の輝きと可憐な姿によって
映画史上に残る傑作となりました。

時は1940年、
フランコ政権軍が人民戦線政府に勝利し、スペイン内戦が終結した直後。
スペインカスティーリャ地方の小さな村に住む、6歳の少女アナは
高齢の父フェルナンド、母テレサ、姉イザベルと暮らしています。

ミツバチの研究に明け暮れる父。
遠く離れた誰かに宛てた思慕の手紙を密かに出し続ける母。
素直過ぎるくらい素直なアナをからかってばかりいる、意地悪なイザベル。
田舎の裕福な名家の、穏やかな暮らし。

そんなアナの日常を揺るがす出来事が起こります。
それは、村人たちの唯一の娯楽、
町からフィルムが運ばれて集会所で上映される"移動映画"で観た
恐怖映画『フランケンシュタイン』です。
マッド・サイエンティストによって創られた怪物と少女の心優しい交流、
そして、やがて起こる悲劇。

幼心に、映画が垣間見せた"生と死の神秘"にとり憑かれてしまったアナ。
『フランケンシュタイン』のフィクション(虚構)は、
ノンフィクション(現実)のアナの生活に侵食しはじめ、
それはやがて、村に忍び込む謎の負傷した逃亡者との
誰にも秘密の交流へと連鎖していきます。

映画は、この年頃の子供だけが持っている現実と夢想の狭間(はざま)を、
リアルなものとアンリアルなものが境目なく混在する人生のわずかな季節を、
ひとつひとつのフレームがまるで一幅の絵画のような美しさで活写します。

それはまるで、僕達が幼い頃に共通して持っていたのに、
今はどこかに無くしてしまった"見えないものが見える目"を
再び獲得していくような、めくるめく映画体験なのです。

大人になるに従って、世界はどんどん狭くなっていき、
今や"グローバル・スタンダード"という便利な言葉で括られつつあります。
スタンダード?基準値?平均点?
それは70億人に達した人類が、互いの共通点・最大公約数をお約束にして
バランスを取りながら生きていくための重要な術なのでしょう。

しかし、この素晴らしい映画を観てしまった僕は、
互いの共通点だけを見つけていくような世界が
果たしてアナにしか見えない世界と比べてどれほど豊かなのだろうか?
その問いに対する答えを見つける術を、今だ知らないのです。

幼い頃に畏怖した闇は、無限の世界を担保する闇。
<大人になる>という事は、その闇に光を当てる術を知り、
世界の隅々までをつまびらかにする一方で、
逆説的に世界の広がりを限定していってしまう。
そういう定めを背負っているのかも知れません。

悲しいかな、既に大人になってしまった僕達にとって。
美しい光(ノンフィクション)と影(フィクション)の陰影をもって
目をどれだけ凝らしても果ての見えない世界があるという事を
もう一度感じさせてくれる。
ひとつのエピソードがまた別のエピソードに侵食し、
物語を構成する単なる一要素にイメージが縛られたり閉じたりすることなく、
むしろ連鎖・拡散して世界を広げていく。
エンドマークが投射された後にこそ、観た人それぞれの映画が真に始まる。

そんな奇跡のような映画、『ミツバチのささやき』。

でも、決して難しい映画ではありません。
主演のアナの可愛らしさ、姉役のイザベルの小憎らしさ。
実名のファースト・ネームで出演する子役2人の
演技なのか演技でないのか判別不能な姿
(これもフィクションとノンフィクションの境界を越えているなあ)
を観るだけでも十分に感動的。
日本の子役タレントの、妙に大人じみた達者ぶりに慣れた目には
とっても新鮮映ること請け合いです。

今回の放映を見逃してしまった方も、機会があったら是非レンタルして、
サンタクロースを信じる事が出来た、
お化けの話が怖くてたまらなかった、
夜、寝る時に部屋の暗闇の中に何か目に見えない存在を感じていた、
そんな幼い記憶の残像を甦らせてみてはいかがでしょう?

ん?はてサンタクロース?...いっけね、家族へのプレゼント考えなくっちゃ!

もはや、暗闇より家族サービスを忘れる方が怖いお年頃(^^;)

(おしまい)

*  *  *  *  *

【今週の"観ずに死ねるか!シネマ"】

『羅生門』(1950年/日)
★11/28(月) 22:00~23:30 NHK BSプレミアム

世界のクロサワ映画って、何だか重くって難しそうで
観たい観たいと思いながらついつい後回しになってしまいがち。
しかし、文豪:芥川龍之介の遺した、ある種の叙述ミステリとも言える
スリリングな傑作短編『藪の中』を映像化した本作で、
遂にクロサワ映画デビューはいかが?
平安の乱世を舞台に、藪の中で繰り広げられた殺人事件。
運命が交差したのは、侍とその美しい妻、そして盗賊。
真実はひとつなはずなのに、食い違う当事者3人の供述。
この真相は、死んでも観ないと死ねない!←言い回しが変!
コラムニスト:助川 仁

ビクターエンタテインメント株式会社 編成管理チーム長 兼 KOKIAディレクター

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