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「古今東西、鰻は庶民のご馳走」

2012年08月14日


残暑が厳しい毎日、鰻でも食べて体力付けたいところです。
養殖に必要な鰻の稚魚(シラスウナギ)が慢性的な不漁というニュースは、
土用の丑の日前後でずいぶんニュースになっていましたね。

今も昔も庶民のごちそう、鰻。
もっともポピュラーな食べ方は「蒲焼」ですが、
鰻を割いて骨を取り除き、串を打つ調理方法は江戸中期以降とされています。
それ以前の食べ方は、ぶつ切りにした鰻を串に刺し、
焼いて味噌や酢をつけるというもので、蒲の穂に似ていたから「蒲焼」となったとか。

江戸時代も末期になると、天ぷら、寿司などとともに
江戸っ子にもてはやされるようになり、「江戸前大蒲焼番付」という
蒲焼屋を紹介する本まで発売されました。

気の短い江戸っ子が「せかすのは野暮」と痩せ我慢をして待ったほど、
鰻の蒲焼は江戸の食文化にはなくてはならないものでした。
落語にも「鰻のたいこ」「子別れ」「素人鰻」など鰻が登場する噺は少なくなありません。

杉浦日向子さんの著書『江戸塾』には「鰻屋はデートの場所だった」とあります。
「離れに通されて、店の人が熱燗とつまみをポンと置いて行って、
鰻が焼き上がるまで小一時間ほどは誰もきません。
そこでその間にしっぽりと、ということになるわけです。」
なんだか、色っぽい話ですね(笑)。


鰻のタレがしみ込んだご飯といっしょにかき込む鰻丼、
夏バテした体にはなによりですが、葺屋町(現在の東京人形町)の大野屋が
「元祖鰻めし」という看板で売り出したのが最初とされています。
歌舞伎小屋が浅草・猿若町に移る前の芝居町で大人気となったそうですが、当
時は「どんぶり」といえば「鰻丼」のこと。上方では「マブシ」。

関東では、素焼きをしてから蒸し、タレを付けて再び焼くので、
ふわっとした食感とあっさりした味が特徴。
関西では焼く前後に蒸さないので、脂の乗った香ばしい仕上がりに。

また関東では背開き、関西では腹開きするのは、
「武士の町」江戸では「腹を切る」ことを忌み嫌ったためという理由をよく聞きますが、
実際は、腹開きにすると蒸す過程で外側の身が割れて串から外れてしまうためだそうですよ。


浅草界隈には有名な鰻屋さんが何軒もあります。
「初小川」「小柳」「色川」「やっこ」「前川」...。
焼き加減やタレの味など店によって特徴があり、好みは人それぞれですね。
時には奮発して、鰻の蒲焼でまだまだ続く猛暑を乗り切りましょうか!

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参考文献「江戸職人図聚」(三谷一馬著 中公文庫)
「落語への招待」(江国滋著 朝日文庫)

コラムニスト:富田 里枝

浅草の老舗和装履物 辻屋本店

あさくさ辻屋本店「下駄屋.jp
富田里枝twitterアカウント

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