男の哀れな妄想が暴走する愛の物語、ヒッチコック畢生の傑作『めまい』
2013年04月16日
歴史的な猟奇サスペンス映画『サイコ』の誕生をめぐる映画『ヒッチコック』が上映中ですが、
キャリア最高傑作(だと思う)『北北西に進路を取れ』の前作にあたる『めまい』は、
他のヒッチコック映画にはみられない艶かしさに溢れています。
語弊をおそれずに言えば、ヒッチコックの「変態さ」「いやらしさ」が
アーティスティックに炸裂したワン&オンリーの映画。今回はその傑作をご紹介します。
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【観ずシネVol.46】
『めまい』(1958年/米/監督:アルフレッド・ヒッチコック)
★04/03(水) 13:00~15:10 NHK BSプレミアム
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とある事件をきっかけに、高所恐怖症が発症し、退職を余儀なくさせられた
元刑事のスコティことジョン・ファーガソン(=ジェームズ・スチュアート)。
その事がトラウマとなり、高所では「めまい」に襲われるように。
そんなスコティの元に、学生時代の友人から、
挙動不審の妻の尾行の依頼が舞い込みます。
友人のよしみで始めた尾行ですが、
目の覚めるようなブロンド美人妻=マデリンの色気に知らず知らず惹き込まれていくスコティ。
マデリンの謎めいた行動が、それに拍車をかけていきます。
美人さんを見かけるとつい見とれてしまうのは、万国共通、男の情けない性(さが)ですが、
スコティがマデリンを追いかけ続けるその視線は、
映画を観る僕たちの視線とリンクし、
主人公のみならず、観客の性(さが)を暴き出していくという、
非常に「変態」的で「いやらしい」構造になっています。
主人公の視線と観客の視線の同質化。
この方法論は、グレース・ケリーをヒロインにすえた『裏窓』でも効果的に使われました。
ただ、『裏窓』での視線の対象はグレース・ケリーではなく、
窓越しに見えるマンションの住人たち。
いやらしいこといやらしいけれど、ヒロインに対しての直接的な欲望ではありません。
(事実、結婚を迫るのはグレース・ケリーで、ジェームズ・スチュアートの方は
本当は結婚したくないと思っている設定でした。全然がつがつしてないですね)
『めまい』では、視線の対象がヒロインを演じたキム・ノヴァクであり、
同じジェームズ・スチュアートの欲望の対象そのものです。
そして、グレース・ケリーとは異質の、ノヴァクの豊満な色香が
その視線の「いやらしさ」を強調する要素になっています。
実はヒッチコックは元々、ノヴァクではなく、
より清楚なイメージのヴェラ・マイルズを起用する予定でしたが、
マイルズの産休により不本意ながらもノヴァクをキャスティング。
その不満からか、ノヴァクに演技を強要したりもしましたし、
映画そのものも、自身はそれほど高く評価していません。
ところが、ヒッチコックにとっては不満の要素だったノヴァクが、
結果として彼のサディスティックな一面の被害者としての存在感を獲得し、
ノヴァクのキャリアの中でも唯一無二の魅力を放つ事になるのですから、
映画って不思議なものです。
さて、物語はある地点から反転し、意外な結末を迎えます。
しかし、からくりそのものは比較的早い段階で観客に明かされるので、
厳密に言うと謎解き自体が主題のサスペンス・ミステリではありません。
この映画の主題は、真相が明らかになってからの
主人公の未練と妄想の暴走だと言っても過言ではないでしょう。
その哀れさの頂点が、教会の鐘楼の最上階という頂点で繰り広げられるのも
非常に暗喩・暗示的で見事。
高所恐怖症という、事件の真相を握る大きな鍵が
物語の中盤とラストで二度登場する舞台で効果を発揮し、
「中盤とラストでエンディングが二回ある」とも言える
『めまい』という映画の異形な構造を作り出す。
ヒッチコックという映画作家の「偉大さ」と、
「変態さ」「いやらしさ」が凝縮された傑作です。
高所恐怖症を克服した瞬間に訪れる、奈落の底に落とされるような喪失感。
得ることと失うことの座標軸のゼロ地点に立ちすくむしかないラストの虚しさ。
そこにまぶされたサディスティックなスパイス。
エンタメ映画に徹しながらも、実に歪んでいる。屈折している。
この屈折した妄想こそが、ヒッチコックの原動力であり魅力だと思います。
個人的ではありますが、僕はこの『めまい』を観て、
ヒッチコックという一番好きな映画監督の作品にのめり込み、
今でも繰り返し諸作品を観続けています。
僕にとって映画とはヒッチコックである、そう断言して構わないくらいなのです。
さて、気張り過ぎちゃったので、ここで小ネタをひとつ。
この映画でヒッチコックが発明した、床が落ちるような「めまいショット」。
ズームレンズを用い、ズームアウトしながらカメラを前方へ動かすことで、
人物の大きさは変わらずに、背景だけがぐぐっと下がって広がるあの映像ギミックは、
みなさん必ずどこかで観た事があると思いますが、
あれはこの映画がオリジナルなんですね♪
ということで、
是非みなさんも『めまい』を観て、ヒッチコックの目も眩むような映画の魅力に触れ、
傑作の数々へと鑑賞を進めていって頂けたらと願ってやみません。
サスペンスにつき、ヒッチコック映画ではたくさん人が死んじゃいますけど、
映画好きたるもの、ヒッチコック映画を観ずには絶対死ねないのです!
(おしまい)
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【今週の"観ずに死ねるか!シネマ"】
『幻影師アイゼンハイム』(2006年/米=チェコ)
★04/19(金) 23:45~1:35 NHK BSプレミアム
スティーヴン・ミルハウザーの短編小説が原作のサスペンス&純愛ストーリー。
死者の魂を甦らせるイリュージョニスト、アイゼンハイムと皇室との確執に、
身分の差で相思相愛ながらも引き裂かれた初恋の相手が絡んで進む、めくるめく物語です。
割と賛否両論分かれる作品ですが、
僕は同系列の『プレステージ』よりも断然こちらを推します!
19世紀末のウィーンの雰囲気よし、
エドワート・ノートン、ポール・ジアマッティ、ジェシカ・ビールの演技よし。
俊英ニール・バーガー監督の手腕にも注目の、
観ずには死ねない一本!観ないで死んじゃったらどうなる?
もちろん、アイゼンハイムがあなたの魂を甦らせますのでご安心下さい♪
コラムニスト:助川 仁
ビクターエンタテインメント株式会社 編成管理チーム長 兼 KOKIAディレクター
Jin Bonham名義 Twitterアカウント
http://twitter.com/jinbonham
Jin Bonham名義 映画ブログ【アンドロイドは映画館でポップコーンを食べるか?】
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ビクターエンタテインメント公式サイト
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担当アーティスト:KOKIA公式サイト
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