観ずに死ねるか!~今週のシネマ選~

お侍もサラリーマン~『たそがれ清兵衛』に観る働くお父さん~


ゼロ年代と時代劇というと、なんだかしっくりしませんが。
巨匠:山田洋次監督が、確かな映画作りの技と
今の時代だから、どのような侍像が共感を生むのか
その徹底したテーマ&時代検証とで作り上げた、ゼロ年代時代劇の傑作。
江戸の昔も、平成の今も、働くお父さんは大変。
そして、会社ではカッコ悪くても、家族にとっては絶対的にカッコいいのです。

*  *  *  *  *

【観ずシネVol.41】

『たそがれ清兵衛』(2002年/日/監督:山田洋次)
★10/1(月) 19:30~21:40 NHK BSプレミアム

-----------------------------------------------------------------------

主人公:清兵衛の幼い娘の回想ナレーションで始まる『たそがれ清兵衛』。

この構造がまず、映画が「過ぎてしまった日々への追想」であることを
観る者に明示してきます。

全編に渡るこの「追想」のトーンこそが、
平成の観客を、時代劇という伝統的な物語の雛型に自然にコミットさせる
大きな要因。
ノスタルジーほど、人々の心を開く情動はありません。

江戸から明治への切り替わり間際という時代背景も効いています。
日本が近代化の波に飲まれて急速に変わっていく寸前。
いずれ滅びてしまう侍の美学。

そうした「過ぎてしまった日々への追想」は、
そこに生きた人への追想とつながっていきます。

いまはもういない、大切な人たち。

娘が回想する父:清兵衛は、
剣の達人でありながら、妻を亡くし、娘2人と痴呆症の母を、
少ない禄高で養う貧乏侍。
お城でのご奉公も、残業もお酒のお付き合いも断って
たそがれ時と同時に定時退社し、同僚からはちょっとバカにされてしまう身分。

今でこそワーク・ライフ・バランスだの、イクメンだの
家事・子育てを分担するパパは、どちらかというとカッコイイ部類ですが、
映画が公開されたのはリーマン・ショック以前の2002年、
今から10年前は、まだイクメン黎明期。今ほど市民権が得られていない分、
どちらかというと珍しく、肩身が狭い思いをしながら
清兵衛のように家族一番で仕事をしていた方が多かったのではないでしょうか?
このあたりが、この映画のサラリーマン・キラーたる所以です。

清兵衛の設定を整理してみましょう。

●剣豪=旧時代の侍の価値観の最上位
●イクメン=新時代の価値観の最上位

このふたつの間で揺れるキャラクター造形が、『たそがれ清兵衛』を
ゼロ年代の時代劇として屹立させているポイントのように思います。
後者が市民権を得るには、はるか現代にまで時を要しますが、
でも、清兵衛の家族だけは、
父が自分を削ってどれだけ家族のために生きてくれていたか、
それをいつまでも忘れずに生きていた。

「追想」という映画の構造が、その家族だけの想いをひきたて、
観客は、自分のために身を粉にして働いてくれた父母と重ね合わせて
あるいは今、自分が父母の立場になって、
苦労をしながらも家族のために生きる幸せを「確かめ算」するように観る。
江戸末期という限定されたシチュエーションでの物語を
現代にも通じる物語に引き伸ばして、普遍的な物語に仕上げてみせた、
山田洋次監督らしい、人肌のメッセージです。

時代背景上、どうしても働くのは父親、支えるのは母親という
古い設定にならざるを得ないのは、致し方ないでしょう。
わかりやすいほど会社人生となぞらえたようなお侍生活も然り。
ベタといえばベタですが、庶民が楽しむ映画ですから、
こういう上品なベタは大歓迎です。

古めかしい男女関係や、ステレオタイプなお勤め生活の奥に
きちんと着物の裾をそろえて正座している美しい「真心」。
これを感じ取れれば、『たそがれ清兵衛』の味わいは十分です。
この、多くを望まない立ち姿も、山田洋次監督の美学だと思った次第。

この映画はまた、徹底したリアリズムの映画でもあります。
時代考証に1年以上を費やしたといわれ、
夜の薄暗さ、綺麗な殺陣ではないリアルな果し合いなど
画面としての見所もたくさんです。

出演者の中でも際立つのは、主演の真田広之さんもさることながら
とにかく宮沢りえちゃん!

幼くしてトップ・アイドルになり、
公私共にいろいろな波にもまれた彼女が、
その人生経験を見事に役者としての色気にいかした30歳直前の代表作。
そういえば、今年に入ってから、離婚協議中になっちゃったんだっけ。
でも大丈夫!
現在39歳の宮沢りえ、この人生のステップを通過し、
40代も素晴らしい役者の色気を放ち続けることでしょう。

いや~だって、あの『サンタ・フェ』の衝撃的な新聞全段広告を
リアルタイムで体験してますからね~。
三井の初代リハウスガールから、『たそがれ清兵衛』の朋江さん役までを振り返ると
思うところ多くって...あれ?映画の話から宮沢りえの話になっちゃった。
こんなシメじゃ、清兵衛に成敗されちゃうかも!?

(斬捨て御免)

*  *  *  *  *
 
【今週の"観ずに死ねるか!シネマ"】

『博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて
 水爆を愛するようになったか』(1964年/英=米)
★10/19(金) 13:00~14:40 NHK BSプレミアム

怪優:ピーター・セラーズが大統領、英軍大佐、狂気の科学者の3役を演じ、
核兵器と第三次世界大戦の恐怖を米ソ冷戦時代に皮肉った、
鬼才:スタンリー・キューブリックが贈るブラック・コメディの大傑作。
これを観ずに笑えるか!じゃなくて死ねるか!
コラムニスト:助川 仁

ビクターエンタテインメント株式会社 編成管理チーム長 兼 KOKIAディレクター

Jin Bonham名義 Twitterアカウント
http://twitter.com/jinbonham
Jin Bonham名義 映画ブログ【アンドロイドは映画館でポップコーンを食べるか?】
http://jinbonham.blog33.fc2.com/
ビクターエンタテインメント公式サイト
http://www.jvcmusic.co.jp/
担当アーティスト:KOKIA公式サイト
http://www.kokia.com/

本ページはプロモーションが含まれています。