観ずに死ねるか!~今週のシネマ選~

追悼、トニー・スコット。巻き込まれ型サスペンスの秀作『エネミー・オブ・アメリカ』


惜しくも先日、自殺というショッキングな最期を遂げた、ヒット監督:トニー・スコット。
遺作となってしまった『アンストッパブル』(2009年)でも、
お得意のスリリングなアクション&サスペンス演出が冴え、
まだまだ良質の娯楽作品を届けてくれると思っていたところでの悲しい出来事でした。
「あそこだったらハズさない」とビジネスマンに人気の定食屋さんのように、
質実剛健で良質な作品群の中から、今週はこの政治サスペンスをご紹介。
いわゆる<巻き込まれ型サスペンス>を食材にトニー・スコットがどう腕をふるったか。
追悼の意と共に、改めて味わってみようと思います。

*  *  *  *  *

【観ずシネVol.39】

『エネミー・オブ・アメリカ』(1998年/米/監督:トニー・スコット)
★9/16(日) 15:30~17:44 NHK BSプレミアム

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「プライバシーや言論の自由はどこまで守られるのか?」
自由主義国家においては、非常に重要かつ難しいテーマです。

自由の国の象徴、アメリカ合衆国。
そこで担保される自由とは、本当の自由なのか?
それとも政府が巧みにコントロールしている自由なのか?

そんなカタめのテーマを、「巻き込まれ型サスペンス」のフォーマットに落とし込み、
スリリングな娯楽ドラマに仕上げたのが、先日急逝したトニー・スコット監督でした。

監視カメラ、衛星通信、情報ネットワーク社会。
もはや携帯電話やパソコンがないと日常生活が成り立たない時代において、
常に誰かと「つながっている」という状態は
素晴らしく便利でありながら、同時に危険な状態でもあります。

その危険な要素を実に上手く取り入れ、
脚本や撮影のアイディアに結び付けていった腕前は、さすがトニー・スコット。

ある政治スキャンダルの証拠を、自らの意思とは別に持つことになってしまった弁護士と、
絶対に秘密をバラされてはいけないと証拠隠滅をはかる政府機関との間で繰り広げられる
スリリングな逃走劇が、
物語上のハイテク監視技術と実際の映画のカメラワークをリンクさせた
職人技の演出で語られていきます。

『ハンガー』(1983年)で監督デビューして以来約30年、
アート表現としての映画ではなく、娯楽作品としての映画ときっちり向き合い、
自らの表現欲求に溺れることのない上質なエンタテイメント作品を作り続けたトニー・スコット。
しかめっ面をして語ろうと思えばいくらでもそう出来る題材も
あえて娯楽作品の中に組み込んでくる律儀な職人監督でした。

例えば、作った陶芸家の顔は知らないけれど、
見た目もさることながら、それを使えば実用的この上なく、作った人のポリシーが伝わってくる。
そんな器があります。
そうやって、芸術品ではなく実用品の中で作家性を発揮する。
それを映画というフォームでやっていたのが、
トニー・スコットという映画人のような気がします。

訃報に際し、メディアでは"『トップガン』の監督"として取り上げられるばかりでしたが、
決してバブルな80年代を代表するだけの映画監督ではありません。
競争の激しいハリウッドで、四半世紀以上の長きに渡って「面白い映画」と格闘し
80年代・90年代・00年代と、それぞれ各時代の空気を反映した
優れた娯楽作を作ってきた職人芸を、是非その他の作品でも味わってみて下さい。

最後の作品は、盟友デンゼル・ワシントンを主役に撮った2010年の『アンストッパブル』。
暴走する列車という、ある種の密室を舞台にしたタイムリミット型のサスペンスに
不況が続く現在のアメリカの失業問題を背景にすえた意欲作でした。
「止められない!」というタイトルに、まだまだ旺盛な創作意欲をも滲ませていただけに、
どうして自ら人生を止めてしまったのか、悲しい題名の遺作となってしまいました...。

さて、再び『エネミー・オブ・アメリカ』に戻りましょう。

この映画のタイトル、実は二重の意味を含んでいると思われます。
本当にアメリカの敵なのは誰なのか?追いかけられた者ではなく、追いかけた側なのでは?
アメリカの敵とは、自由の国:アメリカを裏で支配する権力側なのでは?
そんな問いかけをフィクションとして提示した政治サスペンスでした。

ひるがえって現実の我が国では。
あまり大きく取り上げられずにスルーされていますが、
与野党総裁選・内閣改造・解散総選挙と慌しい国政の影で、
野田佳彦政権は、新たな人権侵害や言論統制を招きかねないとの批判が出ていた
人権侵害救済機関「人権委員会」を法務省外局として設置する法案を閣議決定しました。

「プライバシーや言論の自由はどこまで守られるのか?」
映画が取り上げたテーマを、ここでもう一度振り返ってみましょう。

ここ日本で担保される自由とは、本当の自由なのか?
それとも政府が巧みにコントロールしている自由なのか?

考えるとちょっと怖いですね。
日本で、この映画のような『エネミー・オブ・ジャパン』が生まれることはなく、
あくまでも映画の中のお話であって欲しいものですが...????

(おしまい)

*  *  *  *  *
 
【今週の"観ずに死ねるか!シネマ"】

『グラン・トリノ』(2008年/米)
★10/1(月) 21:00~22:58 NHK BSプレミアム

11月23日公開の映画『人生の特等席』で、俳優業引退の封印を解き、
スクリーンに帰ってきたクリント・イーストウッド!
彼が4年前に監督し、最後に主演していたのがこの『グラン・トリノ』です。
俳優としてスタートしたイーストウッドですが、監督としても歴史に残る名監督。
とにかくどの作品もハズれがないのですが、
老境の粋に達し、自らの人生観も織り込んで撮った『グラン・トリノ』は
現在のところ最後の監督・主演作です。
俳優復帰を決心したのも、イーストウッドの下で助監督やプロデューサーを務め、
その映画作りをきっちり学んだ愛弟子:ロバート・ロレンツの監督作だから、
という筋の通し方にも惚れ惚れしますが、
自らの主演によって、そうした筋の通りまくった人生哲学を思いっきり込めた映画、
それがこの『グラン・トリノ』です。
敬老の日は少し過ぎてしまいましたが、
人生の大先輩の言葉に耳をかたむけるように、じっくりとご覧下さい。
コラムニスト:助川 仁

ビクターエンタテインメント株式会社 編成管理チーム長 兼 KOKIAディレクター

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