観ずに死ねるか!~今週のシネマ選~

歴史的名作、小津安二郎『東京物語』の謎。


名匠・小津安二郎の名を世界に轟かせた不朽の名作『東京物語』。
晩年小津作品のしみじみ&軽やかな味わいも得難い魅力ですが
淡々とした筆致の中にダイヤモンドのような硬質の完成度をみせる本作は、
世界の小津・50歳当時のひとつの頂点であることに間違いはありません。
60年近く経ってなお、僕たちの心を遺伝子レベルで惹きつけてやまず。
正に時代を越えた、観ずには死ねない1本なんです。

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【観ずシネVol.28】

『東京物語』(1953年/日/監督:小津安二郎)
★5/13(日) 15:30~17:50 NHK BSプレミアム

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戦後9年の復興著しい日本。
尾道に暮らす老夫婦が、東京で町医者を営む長男・美容院を経営する長女、
そして戦死した次男の妻を訪ねる目的で計画した東京旅行。
かわいい孫たちに久しぶりに会えるのも、とても楽しみです。

そんな親心、おじいちゃん・おばあちゃん心はわかっていても。
既に独立して自分たちの生活基盤が固まり、こなさなければいけない仕事もあり、
老いた両親の上京を「ありがた迷惑」と感じてしまう時もある。
結果、それぞれの家をたらいまわしにされていく老夫婦。
一番親切に迎えてくれたのは、血を分けた実の長男・長女ではなく
戦死した次男の妻だった...。
小津監督は、誰にも思い当たる心情をペーソスたっぷりに描き出していきます。

固定カメラによるフィックスショットのみの演出、
カメラの三脚の脚を切って撮影した超ロー・アングル・ポジション、
「イマジナリーライン(向き合う人物同士を結ぶ中心線)を
カメラ越えてはならない」という、
位置関係を自然に観客に感じさせる映像演出の大原則を無視し、
向き合う人物同士の切り返しをそれぞれ「真正面」から捉える独特の手法。

既に語りつくされてはますが、やはりこうした特殊な映画文法がもたらす
独特のイメージは、他の映画では観ることの出来ない、唯一無二の小津スタイルです。
普通の映画を見慣れた人にとっては、退屈に感じる危険性もあるとは思います。
でも、一度この演出のマジックにヤラれてしまうと、
もう次から次へと小津作品を観ずにはいられない。
地味なのに何と恐ろしい破壊力を持っているのでしょう!

ちょうどポストモダン/ネオアカデミズムが大流行し、
蓮実重彦氏に代表される記号論的な表層映画批評が世を席巻していた頃。
学生だった僕は、記号論的にも格好の材料になっていた小津作品の
オールナイト上映イベントに参加したことがありました。

一晩で4本くらい立て続けに後期小津作品を観るというイベントだったのですが、
もうそれはそれはスゴいです。
それぞれ全く違う映画であることは間違いないのだけれど、
役者はほとんど同じ・キャラ設定もほとんど同じ・映像スタイルもほとんど同じ、
という拡散波動砲(by 宇宙戦艦ヤマトのアンドロメダ艦)攻撃。

観続けるうちに、もう誰が誰だか判らなくなり、しまいに最後の方になってくると、
毎度お馴染みの役者さんがスクリーンに登場するたびに
映画のストーリーとは関係なく観客席では大爆笑が起こるという、
ワープ(by 宇宙戦艦ヤ...しつこくてすみません)並みのトリップ状態。
小津映画のオソロシさ...じゃなくてw面白さを体を張って味わいました。
徹夜麻雀のお開き近くの、何でも面白くなっちゃうあの感じにノリは似てるんですが(^^;)
既に小津ファンのみなさんも、一度この連続鑑賞をお薦めします。
小津好き同士が集まってお酒でも飲みながら開催してみると、ほんと愉しいですよ~。

ちょっと脱線してしまいました。
とにかく、一度ハマっちゃうと抜け出せない小津映画。
基調はシリアスにはならないので、いわゆるホームドラマ的な温度感で
鑑賞は進むのですが、やはり思わず感服してしまうショットが必ずあります。
今回の再見で僕が「う~んやっぱりスゴいなあ!」と唸ってしまったのは、
亡くなった次男の妻が住む狭いアパートに老夫婦が訪れた場面。

「何のお構いもできない」とお金を包んで渡そうとする義理の娘。
「そんなものは受け取れない」と始めは拒みつつ、面子を立ててありがたく頂く義母。
老夫婦と義理の娘を繋ぐ、戦死した夫の影。
お隣から借りてきたお酒を、おいしそうに頂く義父・義母を
ふっと団扇(うちわ)を手にとって優しく風を送る後ろ姿。
このショットを、親を義理の妹におしつけた長女夫婦のショットに繋ぐ。
長女夫婦は相手の顔も見ず、それぞれが扇子を持って、自分だけを扇いで暑さをしのいでいる。

スゴい。例えばこういう演出こそが、小津が超一流であることの証なんだと思います。

ところで。演出方法が円熟した以降は、
カメラは固定したフィックスショットしか使わないことで有名な小津演出ですが、
『東京物語』ではたった一箇所だけ、レールを使った移動ショットが唐突にインサートされます。
せっかく上京したのに、子供たちの家から厄介払いされてしまい
「とうとう居場所がなくなってしまったなあ」「そうですわねえ」と
仲睦まじく語り合う老夫婦のショット。
何故かカメラは、このショットだけ移動しながら捉えていきます。
これは一体何故なのでしょう?
カメラが動くことで余計な意味が生じてしまうことを嫌い、固定ショットを徹底した小津演出。
その例外であるこのショットは、何らかの意味を持っているのでしょうか?
僕には、いまだ解けない謎のシーンなのです。

終盤、映画は思わぬ方向に物語が進展し、
そこでの親子関係の機微の描写が、『東京物語』のダイヤモンドの様な硬質な完成度に
とどめを差していきますが、それは観てのお楽しみ♪

ほのぼのとしたホームドラマを基調にしながら、
どの作品にも「人生の儚さ・虚しさ」という苦味のスパイスを効かせる小津独特の余韻。
生涯独身を通し、自らの墓石にただ一文字、「無」と記した不世出の巨匠の人生哲学に、
世界に名だたる不朽の名作『東京物語』を通じて触れてみるのはいかがでしょう?
そして謎の移動ショットについて、あれやこれやと思考をめぐらせ始めたら、
もうあなたも、恐ろしい小津ワールドwにハマり始めているのですぞ。
こんちわ、いらっしゃい(^^)←小津映画の台詞風♪

(おしまい、改め、ごきげんよう)←小津映画の台詞風その2♪

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【今週の"観ずに死ねるか!シネマ"】

『テキサスの五人の仲間』(1966年/米)
★5/16(水) 13:00~14:38 NHK BSプレミアム

しみじみと人生の機微を描いた日本の名作のお次は、
ハラハラドキドキのポーカーゲームに人生を賭けるアメリカ西部劇ミステリの大傑作!
手に汗握る大博打の行方を死んでも見逃すことなかれ!
コラムニスト:助川 仁

ビクターエンタテインメント株式会社 編成管理チーム長 兼 KOKIAディレクター

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