観ずに死ねるか!~今週のシネマ選~

追悼、モーリス・センダック。映画版『かいじゅうたちのいるところ』雑感。


名作絵本『かいじゅうたちのいるところ』で、半世紀以上の長きにわたって
世界中の子供たちに素敵なイマジネーションの世界を楽しませてくれた
モーリス・センダック氏(83)が、5月8日(火)の未明に亡くなりました。
今週のコラムでは『マルコビッチの穴』のスパイク・ジョーンズが映画化した
『かいじゅうたちのいるところ』を取り上げる予定にしていたので、
ちょっとびっくりしてしまいました。

原作絵本に独自の解釈を加えてストーリー化し、
やんちゃな男の子の童心と成長を描いた映画版。
原作ファンには、そのあたりの差異への評価が分かれるところですが、
実は子供(特に男の子)を持つ親が観ると、
とてつもなく愛おしい想いが溢れてくること必至の佳作。
子育て真っ最中の大人たちに。子育てがひと段落した大人たちに。
そして、かつて子供だったすべての大人たちに観て欲しい1本です。
今回のコラムは、センダック氏への追悼の意もこめてお届け致します。

*  *  *  *  *

【観ずシネVol.27】

『かいじゅうたちのいるところ』(2009年/米/監督:スパイク・ジョーンズ)
★4/30(月) 21:00~22:44 NHK BSプレミアム

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最初に言っちゃいます。
『かいじゅうたちのいるところ』、原作絵本と映画版は別モノです。
それがわかっていれば、安心安心♪

かいじゅうたちの造形や「かいじゅうおどり」などの印象的なシーンは
見事に再現しながらも、換骨奪胎と言っても過言ではないくらい。
僕自身はその換骨奪胎具合が楽しみだったので、
原作との差異こそが、意外で嬉しい感動の涙になったのだと思います。

原作はあくまで主人公マックスの子供目線で、
小学校に入りたてくらいの年頃特有の想像力=創造力を見事にビジュアライズ。
お母さんの愛情は、結末に微笑ましく垣間見られる程度です。
だからこそ、あくまでも(大人ももちろん楽しめますが)子供向けの絵本として、
半世紀の長きにわたって全世界2000万人以上もの人々に愛されているのでしょう。

映画の主人公も、もちろん子供のマックス。
彼の目線が主たる視座であることに変わりはありません。
しかし、そこに絶妙なブレンド具合で、母親の目線が入ってくる。
これこそが、(子供ももちろん楽しめますが)大人向けの映画として、
原作絵本と全く異なる視座を持つ出来上がりの要因になっているんです。

象徴的なのは、マックスが「かいじゅうたちのいるところ」に旅する前、
デスクの下にもぐりこんで、仕事で悩むお母さんとおしゃべりするシーン。
デスクを境界線にして、
カメラはマックスの主観ショットとお母さんの主観ショットを切り返します。

机の下から見上げるお母さんの顔。
机の上から覗くマックスの顔。

僕はこの何気ないシーンを観た時に、
お母さんの事が気になって仕方ない子供の心と
そんな子供がいじらしくて仕方ない母親の心を、
なんて巧みに映画的に捉えているんだろう、と感動してしまいました。
そして、このシーンに象徴される、原作にはない親子双方の視座。
この2本の糸を織り成すことで映画化を試みた、
スパイク・ジョーンズの発想に瞠目した次第です。

たとえ揺るぎない愛情で結ばれていてたとしても。
子供はわがままに暴れることもあるし、
親だってついカッとなってきつく叱ってしまうこともある。
叱ってしまった後で「ちょっと言い過ぎちゃったかな」と後悔することだって沢山ある。

かいじゅうたちの世界にマックスが旅立つきっかけになる、
世の中のどの親子にも思い当たる、そんな光景を描く前に
先のデスク越しの親子の触れ合いをちゃんと描いているからこそ。
ラストが素敵な素敵な余韻を残してくれるのです。

(この先は、映画のラストシーンに触れますのでご注意下さい。)

かいじゅうたちのいるところから帰還したマックスを
精一杯の愛情で抱きしめるお母さん。
カメラは最後に、ダイニングテーブルで遅い夕食を夢中でほおばるマックスと、
それを安心しきった顔で見つめるお母さんをとらえます。

何があったかわからないけれど、きっと何かがあって、ちょっと大きくなったのね。
物言わず、ただ眼差しを息子に向けるお母さん。
そして、そのまま居眠りしてしまうお母さんを、優しい笑顔で見守るマックス。
旅の前にデスクの上下に分かれていた二人の目線は、
ここで同じテーブルの高さで結ばれるんですね。

誰かを好きになったり、嫌いになったり、仲直りしてまた好きになったり。
好きだから嫌いになったり。仲がいいから喧嘩しちゃったり。
そんな(大人になったって実は変わらない)経験をひとつして、
ほんのちょっとだけ成長したマックスと、物言わずともそれがわかるお母さん。
原作絵本が描かない子供心と親心を、
一言の台詞も使わずに見事に描いたラストショットでした。

もちろん、本編の大半を占めるかいじゅうたちの世界での物語、
これが何と言っても素晴らしい&楽しい!
見事に造形を再現し、どうやったのか不思議なくらい豊かな表情を見せるかいじゅうたち。
飛んで跳ねて走り回って泥んこになって、
嬉しがるのも怒るのも泣くのも楽しむのも体全体で伝えてくる、
"かいじゅうの王様"マックスとその仲間たち。

そうなんです。"かいじゅう"の年頃の子供たちって、
自分の興味や目的地に向かって、必ずと言っていいほど、「走って」向かうんです。

それをスパイク・ジョーンズはちゃんと知っているんだなあ、と感心すると同時に、
個人的にはすっかり反抗期を経過してしまったうちの2匹の"元かいじゅうたち"の、
もう二度と戻れない「駆けっこの時代」を思い出し、
楽しい場面なのにも関わらず、涙がこぼれて仕方ありませんでした。
いやあ、最近涙もろくって...(^^;)

惜しくも5月8日に亡くなってしまった原作者のモーリス・センダックさん。
あなたの絵本を楽しんだ、うちのかいじゅうたちも随分大きくなりました。
でも僕の心の中では、
面倒で手間がかかって気になって、そして愛おしくてたまらない
いつまで経ってもきっと、そんなかいじゅうたちなんでしょうね。

ああそうか。
「かいじゅうたちのいるところ」それは、うちの事だったのか。
何だか、駅から「走って」帰りたくなっちゃったな。

(おしまい)

*  *  *  *  *
 
【今週の"観ずに死ねるか!シネマ"】

『東京物語』(1953年/日)
★5/13(日) 15:30~17:50 NHK BSプレミアム

名匠・小津安二郎の名を世界に轟かせた不朽の名作登場!
60年近く経ってなお、僕たちの心を遺伝子レベルで惹きつけてやまない魅力とは?
まだ、小津作品をご覧になった事が無い方は、本当に幸せです。
何故なら、これまで観たどの映画でも味わったことのない感動が
まだ待ち受けているのですから!
晩年作品のしみじみ&軽やかな味わいも得難い魅力ですが
淡々とした筆致の中にダイヤモンドのような硬質の完成度をみせる、
世界の小津・50歳当時のひとつの頂点、『東京物語』。
観ずに死ねない映画とは、正にこの事です!
コラムニスト:助川 仁

ビクターエンタテインメント株式会社 編成管理チーム長 兼 KOKIAディレクター

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