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藪入り。昔の日本人は働きものだった。

2013年01月22日


2013年、お初になります。
巳年のは私、年女でございます。本年もどうぞよろしくお願い致します。

世間一般的にはもうとっくにお正月気分は抜けたと思いますが、
浅草は「新春浅草歌舞伎」がかかっている今月いっぱい、
まだまだ華やいだ雰囲気です。

20130122_tomita_01.jpg























先週、夜の部を観てきました。
浅草公会堂に14年ぶりの登場となる海老蔵が口上。「にらみ」を披露。
成田屋の"専売特許"で、見た人には1年間無病息災の御利益があるとされる所作です。
さっそく売店で海老様の写真を購入、'厄除け'として店に飾っております^^

私たちが観劇した日は総見で、黒の引き着で日本髪の浅草の芸者衆が
ずらり並んで壮観でした。
写真をブログにUPしてありますのでご覧ください!
http://www.getaya.jp/webmas_index.html


さて江戸時代から昭和初期まで、商家には「藪入り」とう習慣がありました。
住み込み奉公している丁稚や女中など奉公人が実家へ帰れる日です。
1月16日と7月16日がその日に当たっていました。
藪入りの日は、主人が奉公人たちに、お仕着せの着物や履物、お小遣いを与えて
実家へ送り出したんだそうです。

浅草の「文扇堂」四代目、荒井修氏の著書『江戸・東京下町の歳時記』には、
「うちのおやじが子供のころは、藪入りの日は丁稚さんたちの下駄の音でもって
目が覚めたそうです。」と書かれています。


落語にも「藪入り」という噺があります。
藪入りの前日、子どもの帰りを待ちわびるお父ちゃんの気持ちに、
思わずホロリとさせられます。


辻屋の番頭、野村さんに話を聞きました。
野村さんは昭和38年、うちに入ったのですが、さすがにもう藪入りの習慣はなく、
従業員は交替で月3~4日、休みをもらっていたそうです。

当時はうちでも、所帯を持った番頭さん以外の従業員は、
店の2階と3階に住み込みで働いていました。
現在も年中無休ですが、当然その頃も店の定休日はなく、
「自分が休みでも忙しくなると店から呼ばれるから、たいてい映画に行っちゃった。
おんなじ映画何度も繰り返し観たよ。」


当時は年末年始がいちばんの繁忙期だったので、12月いっぱいと、
1月の成人式までは休みはなしで、暮れになると、商品の在庫が枕元まで
積み上がっていたそうです。

しかも、店を閉めるのは毎日夜中の12時頃。
なぜかというと、浅草六区の映画館街がまだまだ元気で、
10時過ぎに最終上映がはねてから新仲見世を通る、
映画帰りのお客さんを相手に商売したから。
閉店後、翌日の分の鼻緒の挿げを終わらせて、
ようやく蛇骨湯(浅草に古くからある銭湯)に行ったんだとか。
モタモタしていると夜なべ仕事になってしまうので、
野村さんは挿げが早くなったのだそうです^^

今だったら、労働基準法に引っかかること間違いないですが、
その当時の浅草の商店は、どのうちでも当たり前だったみたいです。
高度成長期のニッポン人は、ものすごく働き者だったんですね。


コラムニスト:富田 里枝

浅草の老舗和装履物 辻屋本店

あさくさ辻屋本店「下駄屋.jp
富田里枝twitterアカウント

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最終更新日:06月14日

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